ES細胞や胚様体などの未分化な細胞集団は,成熟した 体細胞に比較して単純なmicroRNAの発現プロファイルを示すことが報告されている。

これらの事実から予測されるのは、細胞や組織の分化の程度は特定のmicroRNAのシグネ チャーによって明瞭に区分できるという点であり、未分化な正常幹細胞の示すmicroRNA発現 プロファイルも癌細胞のそれとよく似ていることである。実際に癌で過剰発現しているoncogenic microRNAsは、発生の初期段階の未分化な正常細胞で発現が高く、分化した細胞や組織では発現が低下している。

また、癌で発現が低下しているsuppressive microRNAsではその逆の現象が起きている。これらより、癌幹細胞が正常幹細胞と同様の自己複製能 を有したり、多能性を保っていることが推測される。したがって,正常ES細胞や組織内幹細胞の自己複製能と分化能の制御に働くmicroRNAのネットワークを理解することが癌幹細胞の新たな制御メカニズムの解明に貢献できると考えられる。

実際に、乳癌の癌幹細胞と思われる細胞集団は、より分化度の高い癌細胞に比べて、いくつかのmicroRNAの発現量が減少していることが明らかになっている。その1つが、癌遺伝子であるRas、HMGA2を抑制しているsuppressive microRNAであるlet-7が癌幹細胞ではその働きが消失したことによりこの2つの遺伝子が抑制から外れ、自己複製の亢進や分化の抑制へとつながったと予想される。

したがって、このlet-7のような microRNAを癌幹細胞に対する治療戦略として投与することが考えられ、他にも、さまざまな癌種において指標となるmicroRNAを新たな癌治療の創薬として戦略化していくことが必要となってくると考えられる。