核酸は遺伝情報の運び手であり、癌をはじめとしたさまざまな病変部へ適切に導入することで癌や遺伝性疾患などを治療する「遺伝子治療」の実現が期待されている。核酸は、単独で投与すると生体内ですぐに破壊されるため目的とする癌組織へ到達しない。

そのため、脂質やポリマーなどの素材から形成されるナノカプセルの中に閉じ込めて保護する必要があり、また、ナノカプセルが病変部で崩壊し、内封された核酸が放出される必要がある。

SS-cleavable and pH-activated lipid-like material (ssPalm)は、細胞内の還元環境で分解されやすいジスルフィド結合(SS 結合)に加えて、環境に応じてカプセル膜の不安定化を引き起こし崩壊へと導く第三級アミンという構造を有することで、細胞に取り込まれた後、速やかに崩壊し効率的に細胞の内部へ到達することができる。

今回、この ssPalm 分子にフェニルエステル結合を加えたssPalmO-Phe という分子により、 HyPER という粒子内有機反応を引き起こすことで、細胞内で自発的に崩壊することが報告された。

ssPalmO-Phe を用いて細胞の中に緑色蛍光タンパク質の mRNA を導入すると、市販の試薬と比較して、均一かつ高効率なタンパク質導入が緑色の蛍光として観察され、また、mRNA をマウスに対して静脈内から送達すると、肝臓で高いタンパク質の発現が認められた。

また、 CRISPR/Cas9 システムを用いたマウス肝臓の遺伝子編集を行うと、家族性アミロイドポリニューロパチーの原因とされるトランスサイレチンの遺伝子の破壊により、血液中のトランスサイレチンが 95%以上減少することが明らかとなった。

これらの結果から、ssPalmO-Phe は細胞内の環境に応答して特殊な粒子内反応によって自己分解することでmRNA を標的細胞内へ効率的に送達可能な分子であり、生体に機能的なタンパク質を導入できることが示唆され、さらに、遺伝子治療の新たな用途としての遺伝子編集にも有用であることが明らかになった。

今後、生体内のナノカプセルの動きを制御する技術を進歩させ、遺伝子治療や個別化医療、DNA/RNA ワクチン技術へと展開できることが期待される。

この成果は「Advanced Functional Materials」にて公開された。