体内において、不活性型RAS タンパク質は活性型へ変換されることにより細胞増殖などを制御する分子スイッチの機能を果たしている。

この RAS 遺伝子に変異が発生すると恒常的に活性化させることにより細胞増殖が促進し続けてしまうため、主要な癌種の発生・進展の原因となっている。

そのため、細胞内における RAS タンパク質の活性化割合とその制御機構を調べることは抗癌剤開発プロセスの一助となる。

一方で、従来の細胞生物学的な手法では細胞内にある RAS の活性型割合を正確に定量・評価することは容易ではなかったが、今回、細胞を生きたまま NMR 装置内で長時間保持することにより生細胞をリアルタイムで長時間観測できる in-cell NMR 法であるバイオリアクター装置を使用し、同位体標識をした野生型と複数の遺伝子変異型の RAS を細胞内に導入し、不活性型と活性型それぞれから発せられるシグナルの違いを観測することにより、細胞内における活性型の割合をリアルタイムに計測することに成功したと報告された。

算出された活性型 RAS の割合は、in vitro よりも今回の装置を用いて計測した結果(in-cell)のほうが顕著に低いことが分かりました。また in-cell では、活性型 RAS を不活性化する GTP 加水分解速度が in vitro よりも高かったが、不活性型から活性型へ変換する GDP-GTP 交換速度が in vitro よりも低いこまた、細胞内の環境下で予測される様々な影響のうち、どの要因が活性型の割合低下に寄与しているのかを調べた結果、高い溶液粘性が GDP-GTP 交換速度を低くし、特定の分子量(30~50kDa)の細胞内在性タンパク質の働きが GTP 加水分解速度を上昇させることが明らかになり、GTP 加水分解速度を上昇させる未知のタンパク質が細胞内に存在することが示唆された。

今後、RAS をはじめとした癌の原因となるタンパク質に対する阻害剤の有効性を、より実際に近い状態で評価する手法の一つとして、本手法が応用されることが期待される。

本研究成果は「Cell Reports」に掲載された。