正常血管は酸素や栄養分を透過させるための間隙を有している。

そのため、高分子化合物は正常血管から正常組織へ浸透しないが、液体の抗がん剤は透過し正常組織に蓄積される。

それにより、目的とするがん組織へ到達する前に、多くの抗がん剤が正常組織に漏れ出し、がん組織内での効果は激減する。

また、正常組織に漏れ出し、蓄積するため副作用が発生する。

がん組織に集中的に抗がん剤を送達する技術を開発することにより、抗がん剤の効果を最大限に引き出し、副作用を最小限に抑えることが可能となる。

今回、東京理科大学薬学部薬学科の研究グループにより、間葉系幹細胞の表面を抗がん剤で修飾することにより、腫瘍組織を標的としたドラッグデリバリーシステム(DDS)の開発についての報告がなされた。

まず、抗がん剤であるDOXを封入したリポソーム(リン脂質二重層小胞)にNHS-biotinを添加することにより、リポソーム表面をビオチンで修飾(ビオチン化)した「DOX封入ビオチン化リポソーム」を作製した。

次に、マウス間葉系幹細胞株C3H10T1/2の細胞表面を同様にしてビオチン化し、これにアビジン溶液を添加することにより、ビオチンを介してアビジンが細胞表面に結合した「アビジン化C3H10T1/2細胞」を作製した。

その後に「DOX封入ビオチン化リポソーム」と「アビジン化C3H10T1/2細胞」を混合することにより、「DOX封入リポソーム修飾C3H10T1/2細胞」を作製した。

この「DOX封入リポソーム修飾C3H10T1/2細胞」の細胞特性を、未修飾のC3H10T1/2細胞と比較すると、増殖性、培養プレートへの接着性、遊走性、および腫瘍組織への移行性について、両者に大きな差は見られないため、ABC法によるDOX封入リポソームの修飾は、C3H10T1/2細胞の細胞特性にほとんど影響を与えないことが示唆された。

次に、抗腫瘍効果の確認のため、マウス大腸がん細胞株colon26を「DOX封入リポソーム修飾C3H10T1/2細胞」または「C3H10T1/2細胞+DOX封入ビオチン化リポソーム」と混合して共培養すると、「DOX封入リポソーム修飾C3H10T1/2細胞」と共培養した場合に、より多くのDOXが、がん細胞内に取り込まれた。

また、がん細胞を「DOX封入リポソーム修飾C3H10T1/2細胞」またはC3H10T1/2細胞と混合して共培養した場合、がん細胞の生存率は48%、未処置群は89%であった。した。また、トランズウェルアッセイ(多孔質の膜を介した間接的な共培養法)を用いて同様に共培養した場合、がん細胞の生存率76%、未処置群は100%となった。

次に、DOX封入リポソーム修飾C3H10T1/2細胞」による薬物送達メカニズムを調査するため、「DOX封入リポソーム修飾C3H10T1/2細胞」とがん細胞を混合して共培養し、共焦点レーザー顕微鏡を用いて観察した。

DOX由来の蛍光は、培養初期において「DOX封入リポソーム修飾C3H10T1/2細胞」とがん細胞との接触部に隣接して見られたが、やがてがん細胞内のリソソーム(消化に関与する細胞内小胞)付近、その後は核内に見られるようになった。

また、エンドサイトーシス(細胞が外部の物質を細胞内に取り込む作用)阻害剤を添加した場合には、DOXの蛍光ががん細胞内で完全に見られず、DOX封入リポソームは「DOX封入リポソーム修飾C3H10T1/2細胞」の表面から隣接するがん細胞によるエンドサイトーシスによって、効率よく摂取されていることが明らかになった。

次に、IN VIVOでの取り込みを調査するために、皮下担がんモデルマウスの腫瘍内に、「DOX封入リポソーム修飾C3H10T1/2細胞」、C3H10T1/2細胞、「DOX封入ビオチン化リポソーム」、DOX、または生理食塩水(対照群)を定期的に注射した。

実験開始20日後には各群における腫瘍体積は、C3H10T1/2細胞では腫瘍体積にあまり変化がなかったのに対し、「DOX封入リポソーム修飾C3H10T1/2細胞」は有意に腫瘍体積を減少させた。

最後に、静脈注射した場合の取り込み効果について調査した。

肺転移モデルマウスを用いた静脈注射では、「DOX封入リポソーム修飾C3H10T1/2細胞」は、1時間後には他の組織よりも高い割合(45.3%)で、肺で観察され、実験開始14日後において「DOX封入リポソーム修飾C3H10T1/2細胞」を投与したマウスでは、他の群とは異なり、完全に腫瘍成長が抑制された。

「DOX封入リポソーム修飾C3H10T1/2細胞」を用いたがん治療の有効性と安全性が示された。

今後は、間葉系幹細胞の表面に様々な薬物を封入したナノ粒子を修飾することにより、細胞移植治療法の更なる発展への貢献が期待できる。