今回、胃癌のリスク因子の集団遺伝学が報告された。

胃癌の発生原因は、幼少時のピロリ菌の経口感染によると考えられており、東アジアでは発症率が特に高いことが分かっている。

ピロリ菌感染以外にも胃癌の発症には様々な原因があるが、胃癌の疾患リスクと強く関連するSNP(rs2294008)が報告されている。

この胃がんの発症リスクを上げる塩基であるリスクアレルの頻度は、本邦において特に高く、遺伝的に近い東アジア人集団と比較しても大きな頻度差があることがわかった。

rs2294008に位置するびまん性胃癌のリスクアレル(Tアレル)の本邦集団での頻度は63%である一方、中国人集団では25%、台湾では26%、韓国では50%であった。

この日本人集団と中国人集団とのゲノム全体のSNP(一塩基多型)の頻度差を調査した結果、全ゲノム1465万SNP中頻度差の大きい順に32位であった。

さらに、上位50位中の49個のSNPがrs2294008のリスクアレルの近傍に位置し、リスクアレルと強い連鎖不平衡の関係にあることがわかった。

これにより、rs2294008のリスクアレルは、その周辺にあるSNPのアレルと共に大きなアレル頻度差を持ち、rs2294008の周辺領域全体でリスクアレルや周辺のアレルが高頻度に保たれている可能性が示唆される。

次に、この領域に自然選択が働いた可能性を検討すると、自然選択が働いた痕跡が中国人集団で発見された。

その自然選択の標的は、リスクアレルであるTアレルの対立遺伝子である非リスクアレルのCアレルであり、またCアレルとその周辺領域の配列はさらに二つのサブハプロタイプに分類されることも明らかになった。

中国人集団ではこの二つのハプロタイプにともに正の自然選択が同様に働いている一方で、日本人集団ではCAサブハプロタイプのみに正の自然選択が検出された。さらに、CAサブハプロタイプとAGサブハプロタイプの分岐年代と推定される24万年前に2つのサブハプロタイプが生まれ、自然選択の東アジア集団の共通祖先では、どちらのサブハプロタイプにも自然選択が働いていたと考えられる。

そして、現生の中国人集団の系統ではそのままどちらのサブハプロタイプにも自然選択が働き続けたが、日本人集団の系統では、AGサブハプロタイプに働く自然選択が検出できない程度に減弱し、共通祖先のものから自然選択の標的が変化したと考えられる。

以上のことは、遺伝的に近縁な集団間であっても、自然選択の標的や強さは短期間で容易に変化し、2集団間で自然選択をもたらす要因(選択圧)が変化したことを示唆している。

さらに、その他の地方集団においても集団特異的な自然選択のオン・オフを検出できた。そして、それぞれの集団で自然選択の働き方が異なるにも関わらず、自然選択が働き始めた時期は、どの集団でも、中国や日本で推定した年代とほぼ同じ時期と推定された。

これらは、人類集団間では環境が異なるにも関わらず、様々な集団でほぼ同時期に自然選択が働いていたことを示唆している。

さらに、日本人集団において、土着の縄文系統の集団と大陸由来の渡来系弥生集団の二つの祖先の交雑によって、リスクアレルの頻度を検討すると、縄文系統の集団でリスクアレルが非常に高い頻度である場合には、交雑によってリスクアレルが現在の頻度に至る可能性があることがわかった。

さらに、3個体の縄文系統のDNA配列を用いて、彼らのハプロタイプ配列と現生の日本人集団のハプロタイプ配列の関係を調べると、縄文系統の3個体は全てリスクアレルを持っており、その配列が現生の日本人集団の配列と最も類似していることが明らかになった。

これらは、現生の日本人集団が持つリスクアレルを持ったハプロタイプの一部は、縄文系統のDNA配列から派生した可能性があり、縄文系統の集団が遺伝子プールに、現生人類にとっての胃癌のリスクアレルを高頻度で有していたことも示唆している。

今後は、より多くの他集団の比較検討し、それぞれを構成する分集団についての解析を行い、自然選択の働き方の変化のプロセスと、それぞれの集団で自然選択が働き始めた時間の推定、また、その要因についても調査する必要がある。