サイトカインの一種である細胞増殖分化因子トランスフォーミンググロースファクターβ(TGF-β)は、細胞増殖や免疫機能抑制に関与し、がんの浸潤や転移を促進する多機能な分泌ペプチドである。
TGF-βは、細胞表面の受容体に結合することにより、シグナル伝達を行う。
今回、東京大学大学院農学生命科学研究科研究グループにより、シグナル伝達に重要な転写因子SMADタンパク質とシグナル伝達に必要な転写活性化因子CBPとの結合を結晶構造解析で解明した結果が報告された。
TGF-βのシグナルは、細胞表層において、SMADと呼ばれる転写因子群のリン酸化へと変換される。
非常に高い相同性を持つ二つのタンパク質SMAD2及びSMAD3(SMAD2/3)は、細胞内におけるTGF-βシグナル伝達系のハブとして作用する主要転写因子で、TGF-βのシグナル依存的にリン酸化を受けて活性化し、様々な遺伝子発現の調節を行う。
CREB結合タンパク質(CBP)は、ヒストンのアセチル化を通じて転写の活性化を促すことができる転写活性化因子であり、SMAD2/3依存的な転写の活性化には、CBPが重要な役割を果たしていることがわかっている。
転写因子であるSMAD2/3は、N末端側に配列特異的なDNA結合ドメインであるMad homology (MH) 1ドメインを、C末端側にタンパク質分子間相互作用に利用されるMH2ドメインを持ち、そのMH2ドメインを利用してCBPと結合することが知られている。一方、CBPは、そのC末端側に存在する領域を用いてSMAD2/3と相互作用することがわかっている。
まず、SMAD2によるCBP認識機構の構造基盤を明らかにするため、SMAD2との結合に必要十分なCBPの領域を決定した後、大型放射光施設Photon Factoryのタンパク質結晶構造解析用ビームラインAR-NE3AにてX線回折データの取得を行った。
CBPは親水的な分子表面と疎水的な分子表面を併せ持つ両親媒性のαヘリックス構造を形成し、その疎水的な分子表面を利用してSMAD2と強く結合することが明らかになった。
SMAD2との結合力が強くなるCBP改変ペプチド(CBP-E1963Lペプチド)を利用することによって、TGF-βシグナル依存的な遺伝子発現の活性化を抑制できることがわかった。
CBP改変ペプチドが、SMAD2/3に対して優先的に結合することにより、CBP依存的な転写の活性化が抑制されたと考えられる。
これにより、過剰なTGF-βのシグナルは、がんの悪性化である浸潤や転移などを誘導するため、阻害することによりがんの治療に有効であると期待できる。