本邦において、乳がん罹患数は女性の中で最多であり、標準治療法が確立され、生存率が比較的高いがんではあるが、進行度が進むにつれて予後不良となり、10年後に再発するなど悪性化や転移のメカニズム解明は不明である。
がん組織周辺環境因子である酸素や栄養条件などががんの進展・増殖に深く関与することはわかっているが、温度変化に関する知見は少ないのが現状である。
乳がん腫瘍部の皮膚温は上昇していることが多く、特に進行した乳がんほど高温の所見を呈する傾向がある。
その特徴を活用したサーモグラフィなどによる乳がんの早期発見の試みが行われており、サーモグラフィから得られた乳がん部の温度の上昇が悪性化や予後との関連を示唆するが、温度が乳がんの悪性度に寄与する分子機構などに関しては未解明である。
今回、ヒトの乳腺上皮細胞株MCF10A、悪性度が高くなく転移能が低いとされる乳がん細胞株MCF-7(ホルモンレセプター陽性、Her2陰性)、そして悪性度が高く転移能も高い乳がん細胞株MDA-MB-231(ホルモンレセプター陰性、Her2陰性)の細胞増殖に温度が与える影響の調査報告がなされた。
その結果、MDA-MB-231のみ高温下で細胞増殖が促進された。
乳がんから分泌されるエクソソームが前転移ニッチの形成を促し、がん細胞から放出されるエクソソームの量や質ががんの転移に寄与することが知られており、温度がエクソソームに与える影響を調べるために、温度変化に応答する上記の転移能が高く悪性度も高いとされる乳がん細胞(MDA-MB-231)を温度別に培養し、エクソソーム量を調べたところ、その放出量が温度依存的に増加することが明らかになった。
また、エクソソームに存在するマーカータンパク質を調べたところ、その量も温度依存的に変化することが示唆され、温度がエクソソームの量と質に影響を与えることも明らかになった。
さらに、温度依存的に発現が変化する遺伝子の中から温度依存的なエクソソーム分泌に関与する遺伝子も発見された。
今後、エクソソームのバイオロジーに関する知見を蓄積していくことにより、転移の新しいメカニズムの解明、新規のバイオマーカーの同定、エクソソームを標的としたがん治療研究戦略にも貢献できることが期待される。
本研究成果は、米国のオンライン雑誌「Journal of Extracellular Vesicles」に掲載された。