膵癌は早期発見が難しく、診断時には進行癌の状態で発見されることが多く、外科的切除の適応とならず、抗癌剤治療のみの対象となり、5年生存率は8.5%と極めて予後不良であるが、膵癌による死亡者数は年々増加の一途を辿っている。
ERCPや CT検査に加え、CA19-9などの腫瘍マーカーがあるが、膵癌の早期発見・早期治療を可能とする新しい膵癌の診断マーカーの開発が強く求められている。
近年、癌組織から血液中に遊離する核酸(DNAやRNA)を検出して癌の診断マーカーとして応用する、いわゆるリキッドバイオプシーの研究の進歩は目覚ましいものがあり、膵癌においても、環状RNAと呼ばれる特殊な形態を持つRNAが異常発現することが明らかになりつつある。
さらに環状RNAはその構造上の特徴から、通常の線形RNAより血液中で安定して存在することが知られており、バイオマーカーとしての応用が期待されている。
今回、環状RNAに特異的なRNAシークエンス解析を行い、既知の環状RNAだけでなく既存のデータベースにない新規環状RNAも網羅的に探索し、新しい膵癌のバイオマーカーとしての可能性についての検討がなされた。
正常な膵組織および膵癌組織由来のRNAをエクソヌクレアーゼで処理したのち、RNAシークエンス解析によって環状RNAを網羅的に探索し、膵癌由来のRNAから54,000種類、正常由来のRNAからは14,000種類の環状RNAを同定した。
これにより、約4万種類が既存のデータベースにない新規環状RNAであることが明らかとなった。
さらに、膵癌組織と正常膵組織における環状RNAの発現量を比較し、12番染色体から転写されている新規環状RNAが膵癌で高発現していることが発見され、その全長配列が同定された。
次に、膵癌組織43例、正常膵組織10例に対してこの新規環状RNAと特異的に結合するプローブを用いてRNA in situ ハイブリダイゼーションを行い、膵癌組織で新規環状RNAが有意に高発現していることを確認すると、癌の進行度に対応して新規環状RNAが高発現する傾向が認められた。
非侵襲的に採取可能な血液から環状RNAを検出できる前増幅とドロップレットデジタルPCR法を組み合わせると、わずか200マイクロリットルの血液から微量の新規環状RNAを検出できることが明らかになり、膵癌患者20人と健常者20人の血清を用いて新規環状RNAを測定すると、健常者と比較して膵癌患者で特異的に新規環状RNAが検出された。
さらに、新規環状RNAは膵癌の前癌病態として知られる膵管内乳頭粘液性腫瘍(Intraductal Papillary Mucinous Neoplasm:IPMN、を持つ患者10人中6人の血清からも検出され、膵癌の早期診断だけでなく、前癌病態の発見にも寄与できる可能性が示唆された。
今後は、バイオマーカーとしての有効性をより多くのデータ蓄積を行うことにより、膵癌における新たなバイオマーカーとしての臨床応用が期待される。