癌細胞は代謝を改変することによって自身の生存、増殖、転移などに有利な形質を獲得することが明らかになっている。

これまで、L-セリンを含むアミノ酸あるいは解糖系の産物であるピルビン酸が、癌細胞の増殖において重要な役割を果たすことが報告されてきたが、L-セリンからピルビン酸が産生される代謝経路が癌細胞において機能しているかは明らかではなかった。

セリンラセマーゼは、L-セリンからD-セリンを生成する代謝酵素である。

D-セリンは、脳内でNMDA型グルタミン酸受容体を活性化させることで神経シグナル伝達分子として働く。

これまで中枢神経系でのみ機能が明らかにされていたセリンラセマーゼが、大腸癌においてL-セリンからピルビン酸を産生する新たな癌代謝経路を担い、癌細胞の増殖を促進することが今回明らかにされた。

癌細胞は、宿主において有利に増殖を続けるため、正常組織とは全く異なる代謝動態を獲得している。

L-セリン、ピルビン酸はともに癌細胞の増殖を促進することが知られているが、両者を結びつける代謝経路が癌細胞の増殖に寄与するかは不明であった。

また、L-セリンからピルビン酸あるいはD-セリンを産生するセリンラセマーゼという代謝酵素は、中枢神経系でのみ機能が報告されており、その他の癌種細胞における機能は明らかではなかった。

今回、セリンラセマーゼが大腸癌、大腸腺腫において隣接非腫瘍部と比較して発現量が増加しており、L-セリンからピルビン酸を産生することで、癌細胞の増殖を促進していることが明らかにされ。さらに、セリンラセマーゼの機能を阻害する薬剤を投与することで、免疫不全マウスに移植したヒト大腸癌細胞株の増殖が抑制されることも確認された。

本研究成果は、英国科学誌「Nature Metabolism」に公開された。

これにより、セリンラセマーゼが、大腸癌の代謝経路を標的とする新たなコンセプトの創薬ターゲットになることが期待されると考えられる。