p53遺伝子とは、細胞内においてDNA修復や細胞増殖停止、アポトーシスなどの細胞増殖サイクルの抑制を制御する機能を持ち、細胞が癌化したとき自然死を起こさせるとされる。この遺伝子による機能が不全となると癌が発生する、いわゆる癌抑制遺伝子の一つである。
今回、この癌抑制遺伝子p53の機能を喪失した癌細胞が周囲の感覚神経を交感神経に変化させ、その交感神経が癌の進展を促すことが英科学誌Natureに発表された。
最近の研究で癌の微小環境における交感神経が癌の進展に関与することが分かってきたが、その交感神経の起源や癌細胞と神経の相互作用のメカニズムは明らかではなかった。
しかし、以前から、癌組織中の神経線維の密度が高い場合は患者の生存期間が短いことが明らかになっている。
また、癌抑制遺伝子p53の機能が喪失した癌細胞の周囲では、神経線維の密度が高いことも分かっている。
今回、癌細胞を培養した培養液を超遠心機で細胞外小胞とそれ以外の液性因子に分離すると、p53の機能を喪失した癌細胞から得られた細胞外小胞には神経線維を増やす作用があることがわかった。
そこで、p53が正常ながん細胞とp53の機能を喪失した癌細胞とで、それぞれの放出した細胞外小胞に含まれるマイクロRNA を比較すると、p53の機能を喪失した癌細胞では、放出した細胞外小胞に含まれるmicroRNA-34aが少ないことも明らかになった。
また、p53が正常である癌細胞でmicroRNA-34a発現量を低下させると癌組織中の神経密度が高くなり、これにより、癌細胞のp53機能喪失は、細胞外小胞でのmicroRNA-34a発現量の低下を通じてがん組織中の神経密度を上昇させていることが確認された。
また、ヒトの神経細胞をヒト癌細胞由来の細胞外小胞と培養し、神経細胞内の遺伝子発現のパターンを解析すると、p53を喪失した癌細胞由来の細胞外小胞によって神経線維の増殖に関わる細胞内シグナル伝達経路が活性化されるだけでなく、神経細胞の幹細胞様の性質や交感神経の末端から放出されるノルアドレナリンの合成に関わる経路も活性化していることが明らかになった。
また、マウスの舌癌モデルを用いた実験では、癌細胞のp53が欠失したり、microRNA-34aの発現量が低下すると、癌組織の交感神経の密度やノルアドレナリンの濃度が上昇することが示唆された。
ノルアドレナリンは癌細胞の増殖を促すことが知られており、癌細胞によって誘導された交感神経がノルアドレナリンを放出することで癌の進展に寄与していると考えられる。
また、癌の周囲組織で増殖していた交感神経は、元々存在している交感神経ではなく、感覚神経である舌神経由来であることが示され、実際、p53欠失癌細胞由来の細胞外小胞と培養することで感覚神経が交感神経に変化する様子を捉えることにも成功した。
交感神経による癌の進展は前立腺癌や乳癌のような他の癌種でも認められることから、さらに様々な癌で交感神経密度と患者の生存期間との関連が認められるかどうかの検証が必要となる。