細胞内の核内に存在するDNAへの情報伝達は、核膜における唯一の分子輸送ポアを形成する核膜孔複合体(NPC)である分子ナノゲートを通過し、癌細胞の異常増殖や転移・浸潤などの悪性形質を促進する。したがって、NPC の作動原理を根本的に理解し制御することで,癌の克服が期待される。
今回、HS-AFMを使用し,大腸由来正常細胞、大腸癌細胞およびオルガノイドにおけるNPCを150ミリ秒以下のタイムスケールで観察し、FG-NUP から成り立つバイオフィラメントの構造が明らかにされた。
大腸癌細胞では,正常細胞と異なり単一バイオフィラメントの厚みが不均一になり,バイオフィラメントの回転や動きを活発にし、癌細胞に特徴的なプラグ構造を積極的に形成することを発見した。
また、遺伝子干渉実験により大腸癌細胞で過剰に発現する特定の FG-NUPs「NUP214」がバイオフィラメントの動態変化に影響していることを解明した。
次に、大腸癌細胞およびオルガノイドに、FG-NUPs バイオフィラメント相互作用を阻害するトランス-1,2-シクロヘキサンジオールを添加したNPCでは、中央チャンネルに構成されるプラグのサイズが大幅に減少し、通常の繊維状構造に可逆的に戻ることが明らかとなった。
これらにより、NPC 内部の LLPS 環境の形成から消失過程におけるバイオフィラメントの時空間的振る舞いを可視化することに初めて成功した。
これらの知見は、将来、分子レベルでの核膜ナノダイナミクスの理解・制御に基づく新たな癌診断・治療法の開発につながることが期待される。
本研究成果は、欧州科学雑誌『Biomaterials』のオンライン版に掲載された。