細胞の癌化を防ぐために、細胞増殖の厳密な制御は極めて重要である。

ヒトの細胞増殖はERK経路と呼ばれる3つの蛋白質リン酸化酵素(Raf−MEK−ERK)からなる情報伝達システムによって制御されており、実際に様々な癌でMEK1を始めとするERK経路の構成因子に遺伝子変異が認められ、この経路の異常な活性化を招いて発癌となる。

また、近年、発生異常を特徴とする遺伝性疾患「先天性Ras/MAPK症候群(RASopathy)」においても、MEK1遺伝子の変異が発見され、MEK1の異常が癌だけでなく発生異常の原因となることも明らかとなった。

しかし、MEK1という同一の分子に生じる変異が、癌と発生異常という異なる臨床像をもつ別個の疾患を誘発するメカニズムは全く分かっていない。

今回、東京大学医科学研究所分子シグナル制御分野らの研究グループは、癌やRASopathyで見出されるMEK1変異体の詳細な解析を行い、これら2疾患で認められる各MEK1変異体は、原疾患に依存してその活性化機構、酵素活性の強度、および生物学的性質が大きく異なっていることを発見した。た即ち、癌由来のMEK1変異体は、異常な自己リン酸化能(自分自身をリン酸化して活性化する能力)を獲得しており、極めて強い酵素活性と細胞癌化能を有するのに対し、RASopathy由来の変異体は自己リン酸化能を有しておらず、中程度の酵素活性を示し、発癌能にも乏しいことを明らかにした。

さらにこの様なMEK1変異体の疾患特異的な性質の違いが、細胞内の情報伝達と遺伝子発現プロファイルに異なるタイプの異常を引き起こして、癌と発生異常という別個の臨床像が導かれていることも明らかにした。

さらに、PHLDA1およびPHLDA2という分子が、癌特異的に高発現しており、分子標的抗癌剤に対する癌細胞の治療抵抗性獲得に寄与していることを発見し、また実際に、PHLDA1/2の発現を人工的に制御することでにより、分子標的抗癌剤の抗腫瘍効果が飛躍的に高まることを動物実験で確認した。

本研究成果は、癌およびRASopathyの病態解明とその克服に向けて重要な手がかりを与える知見であり、今後これらの成果を活用することで、癌やRASopathyに対する早期診断法や、より効果的な治療法の開発が期待される。

本成果は、英国科学雑誌「Nature Communications」に掲載された。