アントラサイクリン系抗がん剤(代表薬剤:ドキソルビシン)は、乳がん・卵巣癌・血液腫瘍など多くの癌種に対する標準治療に用いられる抗がん剤である。
しかしながら、用量(総投与量)依存性に心臓機能障害(心毒性)を引き起こし、心毒性により発症したアントラサイクリン心筋症は5年生存率が50%以下と極めて予後不良である。
このため、アントラサイクリン系抗がん剤の総投与量は厳密に制限されており、最適な抗がん剤治療の継続が困難である。
また、制限された投与量でも約10%程度に心毒性を生じ、がん患者のQOL低下の一因となっています。
今回、九州大学大学院医学研究院および九州大学病院循環器内科らの研究グループは、アントラサイクリン系抗がん剤による心毒性の主な原因である鉄依存性による細胞死・フェロトーシスが心筋細胞で誘導される分子メカニズムを解析した。
その結果、アントラサイクリンはミトコンドリアDNAに入り込むことで、ミトコンドリアに集積することが分かった。
一方、アントラサイクリンはヘム合成の律速酵素であるアミノレブリン酸合成酵素(ALAS1)の発現を著しく低下させ、ヘム合成を阻害していた。
これにより、ヘム合成に利用されなくなった鉄がミトコンドリアに蓄積し、アントラサイクリンと複合体を形成、心筋細胞で過酸化脂質( 脂質の“錆 [さび]”)を生じ、フェロトーシスを誘導することが分かった。
また、ALAS1が合成する5-アミノレブリン酸の投与により鉄の蓄積とフェロトーシスが抑制され、心筋症が予防できることも明らかになった。
日本を含む全世界でがん罹患患者数は増加し続けており、それに伴いアントラサイクリン系抗がん剤の使用も過去 10 年で 2 倍に増え(世界市場ベース)、今後もさらに拡大することが見込まれており、心毒性の予防法の臨床開発は喫緊の課題である。
本研究成果に基づく「アントラサイクリン系抗がん剤による心毒性抑制薬としてのアミノレブリン酸の研究開発」を進めることにより、最適ながん治療を実現できるとともに、心臓合併症を予防することによるがん患者のQOLの改善が期待される。
本研究成果は米国の科学誌「Science Signaling」に掲載された。