遺伝子は、正常な細胞が機能するためのプログラムを有し、遺伝子に異常が生じるとがんの発生につながる。

分子標的薬は、遺伝子の異常により生じたがん細胞の生存・増殖に重要な役割を果たす異常なタンパク質をピンポイントで抑える薬剤である。

しかしながら、分子標的薬は長期間使用すると耐性化するため、その原因の解明と克服が求められている。

分子標的薬耐性は、これまで、標的の遺伝子に新たな遺伝子異常が加わることで起きると主に考えられてきましたが、近年、遺伝子の異常によらない耐性化のメカニズムが注目されている。

今回、愛知県がんセンターがん標的治療トランスレーショナルリサーチ分野の研究グループは、がんの薬物療法に使用される分子標的薬の新たな耐性メカニズムを発見し、その克服法を示した。

2020年に、上皮間葉移行と呼ばれる細胞の性質の変化が分子標的耐性を誘導することを明らかにしており、この上皮間葉移行は薬剤に長期間(数か月以上)さらされると起きると考えられてきたが、今回、薬剤投与後のがん細胞の状態を詳細に観察したところ、上皮間葉移行が薬剤投与後24時間以内に起きることがわかった。

そして、細胞膜に存在する複数のタンパクの位置関係の変化が、がん細胞の生存を維持する細胞内シグナルを活性化することを発見した。

さらに、がんに発生する遺伝子異常のうち、最も頻繁に見られるKRAS遺伝子の異常に対し、阻害薬投与後の状態を観察した結果、上皮間葉移行による生存シグナル活性化により、MRASと呼ばれる新たなタンパク質が、がん細胞内に出現することを明らかにした。MRASの出現により、KRASを抑制してもがん細胞内の機能は維持されており、両者を抑えるとKRAS遺伝子異常を持つ腫瘍に対する治療効果が著しく向上することがマウスモデルで判明した。

今回の発見は、分子標的薬の投与によって、細胞膜に存在するタンパク質の配置が変化することが薬剤に耐性化する原因のひとつであることを示しており、これまで全く考えられていなかった新しい薬剤耐性のメカニズムである。

また、今回、MRASタンパク質がKRAS阻害薬の耐性に関わることが示唆されたが、MRASをターゲットとした薬剤開発の有用性をさらに裏付けるとともに、MRASをターゲットとした薬剤がKRAS阻害薬の効果を改善する可能性を示している。

本研究成果は、Nature Cancer 誌に、オンライン速報版が掲載された。