ピロリ菌は、ヒトの胃粘膜に慢性感染する細菌で、感染した胃上皮細胞にCagAタンパク質を注入することで胃がんの発症を促す。

今日までのヒト胃上皮培養細胞を用いた研究から、CagAは胃上皮細胞内で細胞内シグナルを伝達する種々のタンパク質とC端側領域を用いて結合し、発がんに関わる細胞内シグナルを撹乱することが明らかにされてきた。一方で、「生体内すなわちピロリ菌が主に棲息する胃の幽門・前庭部の粘膜上皮で、CagAはどのように発がんを促進するのか?」、「CagAの機能不詳のN端側領域には、どのような病原活性が存在するのか?」など、未解明の課題が多く残されていた。

今回、微生物化学研究会・微生物化学研究所(第3生物活性研究部)と順天堂大学大学院医学研究科(生化学・生体システム医科学)らの国際共同研究グループは 、CagAが撹乱する未知の細胞内シグナルを明らかにすることにより、CagAの発癌メカニズムを解明した。

まず、アフリカツメガエルの胚にCagAタンパク質を発現させ、その発生過程を正常な胚と比較する実験を発案した。

アフリカツメガエルの胚がオタマジャクシへと正常に発生する仕組みは分子レベルでよく理解されており、適切に制御された細胞内シグナルによる細胞増殖・細胞分化・細胞移動の統合的な調節がその本態として知られている。

研究グループは、CagAを発現させたアフリカツメガエルの胚が発生の過程で異常をきたした場合、その発生異常の背景にあるシグナル異常を詳細に解析することで、ヒト胃上皮でCagAが撹乱する新たな細胞内シグナルを見つけ出せると考えた。

CagAをカエルの胚に発現すると胚の正常な発生が阻害される現象を見出し、これを手がかりとして、CagAが胃上皮培養細胞でVANGLというタンパク質と結合し、その機能を阻害することを発見した。

さらに、全身の細胞の中から胃の上皮細胞にのみCagAを発現することができる遺伝子改変マウスを作製し、このマウスを用いたピロリ菌感染の模倣実験によって、実際の胃の粘膜上皮でCagAがVANGLの機能を阻害して、胃上皮の幹細胞/前駆細胞の異常増殖を引き起こすことを明らかにした。

本成果は、VANGLの機能異常が、ピロリ菌感染による胃発癌にとどまらず、広範な上皮組織における発癌のメカニズムに重要な役割を担うことを示唆する新規知見である。

本論文は、「Science Signaling」誌のオンライン版に公開された。