生体内で代謝された不飽和脂肪酸はさまざまな生理活性物質へと変換され、様々な生理活性を発現する。

γ-リノレン酸(γ-linolenic acid;GLA)は、月見草などの植物種子に多く含まれる不飽和脂肪酸の一つで、正常細胞には影響を与えずにがん細胞選択的に細胞毒性を示すという抗がん活性を有するが、その作用メカニズムの詳細は不明である。

今回、GLAの抗がん活性を調べることにより、重水素(2HまたはD)の持つ「代謝を抑制する機能」と「ラマンイメージングで可視化するための目印としての機能」の二つを用いた解析を行った。

不飽和脂肪酸の代謝のメカニズムは、二重結合の間に挟まれた炭素に結合する水素原子が水素ラジカルとして引き抜かれ、アルキルラジカル種の生成が引き金となり、酸素が付加することによってロイコトリエンやプロスタグランジンなど重要な生理活性代謝物へと変換される。

重水素は水素に比べてラジカル引き抜きの反応性が低いため、この箇所に重水素を導入すると不飽和脂肪酸の代謝反応が抑制されるため、GLAに重水素を導入してその代謝を抑制した際に、抗がん活性にどのような影響を与えるかを調べることで、GLA自身が抗がん活性を示すのか、その代謝物が抗がん活性を示すのかを調査した。

その結果、部分的に重水素化したGLA誘導体(D4-GLA)を合成することに成功し、脂質酸化酵素による代謝に抵抗性を示すことが確認された。

次に、ヒト正常細胞WI-38とがんウイルスSV-40に感染させた細胞VA-13の2種類の細胞に対する細胞毒性を比較すると、GLAはがん細胞モデルであるVA-13に対してより強い細胞毒性を示したが、正常細胞WI-38にも毒性を示した。

一方で、重水素を導入したD4-GLAでは、VA-13への毒性は維持したままで、WI-38に対して毒性を示さなくなることが明らかになった。

これにより、GLAが代謝を受けず、自身で抗がん活性を持つことが示唆された。

重水素は不飽和脂肪酸の代謝を抑制する効果に加えて、生体成分がシグナルを持たないサイレント領域にラマンシグナルを示すため、ラマンイメージングによりGLAが細胞内のどの部位に作用するかを調べるため、完全に重水素化したGLA(all-D-GLA)を合成した。

all-D-GLAは、D4-GLAと同様にがん細胞に選択的な毒性を持ち、さらにラマンスペクトルを測定すると、all-D-GLAはC-D結合に由来する強いラマンピークを示し、ラマンイメージングに適することが明らかになった。

次に、WI-38とVA-13にall-D-GLAを処理し、その局在をラマンイメージングにより調査すると、all-D-GLAはWI-38では細胞全体に分布していくのに対して、VA-13では細胞内の脂肪滴に集積する様子が観察された。

これにより、GLAは脂肪滴の機能に影響することで、がん細胞に毒性を示す可能性が示唆された。

今後、さまざまな不飽和脂肪酸の機能解析に貢献するとともに、新規の抗がん剤の開発に貢献することも期待できる。

本研究成果は、科学雑誌『Chemical Communications』オンライン版に掲載された。