細胞が増殖因子で刺激されると、蛋白質リン酸化酵素であるERKが活性化して、初期応答遺伝子(IEG)と呼ばれる一群の遺伝子(FosやJun等)の発現が迅速に誘導され、最終的に細胞増殖が導かれる。
この細胞内情報伝達における異常発生が、発癌や癌の進展にも深く関与する。
近年、増殖刺激に伴うIEGの迅速な発現は、主にRNAポリメラーゼII (Pol-II)による転写伸長反応段階での制御、即ち「遺伝子DNA上で一時停止した状態にあるPol-IIが、増殖刺激によって再び転写を再開するプロセス」で制御されていることが明らかになっている。
しかしながら、このプロセスにおけるERKの役割は全く分かっていない。
今回、東京大学医科学研究所分子シグナル制御分野と東京大学医科学研究所らの研究グループは、ERKによってリン酸化される蛋白質分子を網羅的に同定する新たな実験法を開発し、ERKの新たな基質として、NELF-A(Pol-IIと結合して転写伸長を阻害する分子)を同定した。
さらに、増殖因子によって活性化したERKがNELF-Aをリン酸化することで、NELFがPol-IIから解離し、転写の一時停止が速やかに解除されて、IEGの迅速な発現と細胞増殖が導かれていることを発見した。
また、脱リン酸化酵素PP2AがNELF-Aを効率よく脱リン酸化して、IEGの発現を負に制御する分子であることを見出すとともに、ヒト癌ではPP2A阻害分子(SETやCIP2A)の異常な高発現によってPP2A活性が低下しており、NELF-Aのリン酸化が亢進して、IEGの発現と癌の増殖・進展が導かれていることを明らかにした。
今回の研究成果を応用した新たな癌治療薬の開発が期待される。
本成果は英国科学雑誌「Nature Communications」に掲載された。