がんは、ドライバー変異を獲得した一つの起源の細胞にはじまり、その子孫の細胞が次々に新たなドライバー変異を獲得することによって、数百億から数千億個からなる集団、いわゆる「がん」を発症すると考えられている。

しかし、この最初の変異がいつ獲得されるのか、また、その最初の変異を獲得した細胞が、いつ、どのような変異を獲得して、最終的に「がん」と診断されにいたるのか、というがんの発症経過の全体像についてはよくわかっていない。

今回、京都大学大学院医学研究科・腫瘍生物学講座 同・乳腺外科 次世代臨床ゲノム医療講座および京都大学白眉センターらを中心とする研究チームは、近年増加の一途を辿っている乳がんについて、思春期前後生じた最初の変異の獲得から数十年後の発症にいたるまでの全経過を、最先端のゲノム解析技術を駆使することによって、世界で初めて明らかにすることに成功した。

まず、加齢にともなって単一乳腺細胞に変異が蓄積していく過程を解析することにより、全ての乳腺細胞には閉経にいたるまでに毎年約20個の変異が蓄積すること、また、閉経後には、蓄積速度が約1/3に低下すること、さらに、一回の妊娠出産で約50個変異が減少することを見いだし、変異の蓄積が女性ホルモン(エストロゲン)に依存していること、妊娠出産後には、それまで休眠状態にあった細胞から新たに乳腺組織が再構築される可能性が示唆された。

次に、このようにして決定された変異の獲得速度に基づいて、乳がんとその周りの良性の増殖性病変や正常上皮との遺伝学的な関係性を調べることで、乳がんの初期の変異の獲得からその発症にいたる経時的な経過を推定した。

その結果、(1)乳がん全体の約20%を占める「der(1;16)転座陽性の乳がん」の起源は、思春期前後に当該転座を獲得した単一の細胞に由来すること、(2)同細胞は分裂増殖を繰り返し、数十年後に乳がんを発症するころまでには、乳腺内の広い領域にわたって拡大するに至ること、(3)こうした拡大の過程を通じて、30歳前後までには、その後乳がんを発症することになる複数の起源の細胞が生じ、これらの細胞から多中心性に発がんが生じたと推定された。

これにより、人生の極めて早期に変異を獲得した細胞からがんが発症するまでの全体像を初めて明らかにした研究で、今後、乳がんの発症予防や早期発見、早期治療の開発に貢献すると期待される。

本研究成果は、国際学術誌「Nature」にオンライン掲載された。