近年、脚光を浴びているがん免疫療法には、がんに対して免疫による攻撃力を高める方法と、がんによってブレーキがかかった免疫の攻撃力を回復させる方法がある。後者として、攻撃を担当する免疫細胞である T 細胞のブレーキ役(CTLA-4 や PD-1/PD-L1)を阻害する薬(免疫チェックポイント阻害薬)が実際の治療で使用されるようになっている。

一方、T 細胞に 存在するブレーキ役とは異なり、がん細胞に対して貪食能力を持つマクロファージにも免疫 チェックポイント分子(SIRPα と CD47)が存在する。

マクロファージ免疫チェックポイント分子に対する阻害抗体を用いることで、マクロファージが活性化され、がん細胞を効率よく排除できることが明らかにされており、貪食作用を抑制することから Don’t eat me シグナルと呼ばれている。

悪性リンパ腫は、免疫を司るリンパ球のがん化により増殖し、リンパ組織に腫瘤を形成する疾患で年間10万人あたり10人程度の発生が報告されており、本邦の成人では最も頻度の高い血液のがんの一種であり、その90%以上を非ホジキンリンパ腫が占める。

非ホジキンリンパ腫や乳がんなどは CD47 を過剰発現しており、これら腫瘍細胞の CD47 が出すシグナルをマクロファージの SIRPα が感知すれば、マクロファージは腫瘍細胞を貪食しないため、腫瘍増殖や腫瘍転移が促進されるが、CD47 や SIRPα に対する阻害抗体は、その Don’t eat me シグナルを発生させない役割を果たすことにより抗腫瘍効果を発揮し、がん治療薬となると考えられる。

CD47 は元々、細胞接着分子として知られるインテグリンタンパク質に会合するタンパク質として同定され、細胞接着や細胞遊走に関与し、また、細胞外マトリックスタンパク質トロンボスポンジン-1(TSP-1)は CD47 のリガンドであり、CD47 に結合し、RhoA や Rac1 というRho ファミリー低分子量 G タンパク質を活性化する。

Rho ファミリー低分子量 G タンパク質は、細胞の形態形成や運動性を制御する種々のシグナル伝達の中心的な役割を担うとともに、細胞の生存・増殖にも強く関与している。

このような Rho ファミリーG タンパク質による機能発現には、グアニンヌクレオチド GDP/GTP 交換因子(GDP/GTP exchange factor: GEF)が必要である。

低分子量 G タンパク質 Ras 変異の活性化が約 30%のヒト癌への関連しており、Rho ファミリーもがんでの腫瘍増殖や腫瘍転移への関与が強く示唆されている。

また、Rho GEF である LARG(leukemia-associated Rho GEF)の低分子阻害剤 Y16 は LARG と RhoA の相互作用を抑制することにより、MCF-7 乳がん細胞において増殖や転移、浸潤を阻害することも報告されており、今回、上記についての解析結果が報告された。

CD47 欠損マウス T リンパ腫細胞 EG7 や CD47 遺伝子ノックダウンマウス T リンパ腫細胞株 L5178Y 及びコントロール T リンパ腫細胞をマウスに皮下接種し、腫瘍形成や腫瘍転移の観察した結果、コントロール T リンパ腫細胞接種群では腫瘍形成の亢進や移植後 40 日で肝臓などへの転移が観察されるとともに死亡したが、CD47 欠損/遺伝子ノックダウンマウス T リンパ腫細胞移植群では腫瘍形成が抑制された。

CD47 欠損により フィブロネクチンへの細胞接着活性への影響は認められず、T リンパ腫細胞上の CD47 の貪食効果への影響も観察されなかった。

これらの結果から、CD47 が貪食細胞への細胞接着や Don’t eat me シグナルを介したがん細胞への応答とは 異なる機序で機能している可能性が考えられた。

CD47 欠損 マウス T リンパ腫細胞及びコントロール細胞を TSP-1 で処理した後、RhoA 及び Rac1 活性を解析すると、CD47 欠損ではRhoA の活性化が観察されなかった。

この腫瘍に、RhoA の恒常的活性型である RhoA G14V を CD47欠損マウス T リンパ腫細胞に発現させてマウスに移植すると、腫瘍形成の回復が観察された。

CD47 は RhoA と直接結合しないが、AKAP13 はその DH ドメインを 介して RhoA と結合することから、CD47 は AKAP13 を介して RhoA と複合体を形成し、AKAP13 が効率的な RhoA の活性化を行うための新規機能を有していることが明らかとなった。

これにより、従来のCD47 阻害抗体だけでなく、CD47-AKAP13-RhoA シグナルを標的とした低分子阻害剤などの治療薬が悪性リンパ腫に有効である可能性が示唆され、CD47-AKAP13-RhoA シグナルを標的とした新規治療薬の開発が期待される。

本研究成果は、International Immunology誌に掲載された。